erinyaサンのブログ日記

平凡な毎日を楽しく生きる

樹木希林さんの訃報の報道を見ながら思う「夫婦とは」

こんにちは。

erinyaサンです。

 

女優の樹木希林さんが、

9月15日にお亡くなりになり、享年75歳だったそうです。

 

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今日(9月17日)も、テレビでは朝から夕方まで、樹木さんの生前のお仕事のことや病気について家族について、番組が変わってもずーっと同じような内容を報道してました。

ご本人がどう思っているか知りませんが、

仕事の話や、良いことならいいけれど、プライベートなことはどんな内容であっても、死んでから知らない人たちに詮索されたり、話されるのって、何だか気の毒だなと、少し嫌な気分になりました。有名人て大変ですね。

 

そんなテレビを見ながら、ふと思ったんです。

 

樹木希林さんと、歌手の内田裕也さんの関係もそれは1つの夫婦の形だったのかなと。

 

樹木さんは内田裕也さんと1968年に結婚し、1年半で別居。81年に内田さんが離婚届を区役所に提出したが、離婚無効の訴訟を起こして離婚は成立せず。その後、40年以上別居生活だったそう。

 

いつどこでどう聞いたのか忘れましたが、私がもっと若い頃、もしくはまだ子供だった頃は「相手は離婚したがってるのに別れないなんて、どれだけ執着があるんだろう。しつこくて怖いね。別れたいのに別れて貰えないなんて相手が可哀そう」だと思ってました。

 

でも、今日テレビで樹木さんと内田さんのエピソードなどを聞いていて、樹木さんにとって内田さんが大事なパートナーであるように、内田さんにとっても樹木さんは大事なパートであって、色々問題があって、一緒にも住んでなくて、それぞれ思うところもあるだろうけれど、それでもやっぱり夫婦だったのかななんて思いました。

他人の夫婦の事なので実際全く分かりませんけど。分かる必要もないし。

 

夫婦って何なんでしょうね。

 

私の夫婦のイメージは、子供がいて一緒に試行錯誤しながら育てて、楽しいことも辛いことも乗り越えて、お互い尊重しあって、みたいなイメージです。ステレオタイプですが、とっても分かりやすい。

 

結婚して子供が出来て、家事をしたり育児をしたり仕事をしながら旦那サンと子供と暮らしている友達は、あぁ夫婦って思います。順風で羨ましく思います。

勿論、子供のいない夫婦もたくさんいらっしゃいます。

きっと子供の有無に関わらず、夫婦は夫婦なんです。

 

結婚して、子供が生まれたタイミングで離婚して、親権について裁判すると息巻いていた友達は半年後に元旦那さんとヨリを戻しまた一緒に住んでいたかと思えば喧嘩して別れ、またヨリを戻しを繰り返しています。

個人的には、その元旦那さんが友達にとって有益に思えないので、喧嘩別れする度に早くスッパリ別れてしまった方がいいのにと思いますが、また一緒に暮らしだしているところを見ると、それも一種の夫婦の形なのかもと思います。

 

私は旦那サンと結婚して一緒に暮らして3年経ちます。

子供はいません。

私と旦那サンは夫婦ですが、正直夫婦の実感がないです。

勿論、彼氏とも思ってはないですけど。

たまに同棲カップルと実質どう違うんだろうと思ったりしてしまいます。

そんな風に思うのは子供がいないからと言うだけではないです。

ただ、そんな風に思っているなんて旦那サンにも申し訳ないので早く夫婦だと思えるようになりたい。…旦那サンが私たちについてどう思っているかはわかりませんが。

 

 

アンドレ・モレワー(フランス文学者)は 

『幸福な結婚とは、お付き合いしてから共に白髪になるまで、決して退屈しない長い会話のようなものだ』と言いました。

ニーチェ(ドイツ哲学者)も

『夫婦生活とは長い会話である』と言っています。

 

旦那サンは「erinyaサンは一人で喋っているね。見ていて飽きないけど。」と言います。

どうも私は喋るのが好きなようで、旦那サンとの会話の9割は一方的に私が喋ってます。旦那サンはもともと無口な方で基本聞き役です。

今のところお互い退屈はしてませんが、これって会話になってるんでしょうか。

 

 

 

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なんだかまとまりのない話ですんません。